会いたい人のこと
実家に帰ってはや2週間。住み慣れた空間のなかで、どうしても子どものころに気持ちが引き戻されてしまう。
好きだった水田風景のこと。佃煮屋さんの汚い工場のこと。洋食屋さんのハンバーグのこと。
古本屋さんの白髪美しいおばちゃんのこと。などなど。いろいろ。
だから、わたしは、すっかり自分の世界にひきこもって、昼も夜も夢みがちだ。
だけど、インナーワールドに酔いしれてぼんやり歩いていると、
前よりもっと小さくなった肩をまるめながら、手押し車を引く芥川さんのおばあちゃんに、
「あんた飴屋さんのとこの下の子かね。お母さんより大きくなって見ちがえた。結婚は?」なんて言われてしまう。
現実のわたしは無駄に大きくなってしまったようで、なんだか所在ない。
だけど、この季節の過ごしやすさと、街があめ色にかすむ夕暮れ時は、
あっというまに、わたしを別世界に誘い出してくれる。
今まですっかり忘れていた人が、わたしの頭によみがえってくる。
無性に会いたくなる。会いたくて涙が出そうになる。
けれども、わたしは、かれらには二度と会えないことを知ってる。
もしかしたら、わたしのことを憶えてすらいないかもしれないことも。
だけど、わたしは夢みることをやめられない。だって、きれいなんだもん。