結局ぼくは君の何になりたいんだろう?



空を自由に飛んでみたんだ 宇宙さえも僕の手の中
過去に戻りあの娘とキスして 誰よりも先にものにした

夢から覚め僕は独りきり 砂嵐の中に星を見た オー!オー!

家を出て僕は走り出す 君の住むあの家に 夢なんて所詮夢止まり
『君がいれば何もいらない』ちょっと大袈裟だけど
あんな事もこんな事も出来る そう僕こそが現実主義者

            cafelon 「金曜七時は夢を見る」2003『スカイラヴリー』

トーキョーに来てすぐの頃、新宿のとあるカフェで昼食をとった時のことです。
その日、わたしは午後に新宿南口で待ち合わせをしていて、
その前にお昼ご飯をすませておこうと思い、少し古いガイドブックを片手にその店に向かいました。
そのガイドブックは当時で5〜6年前に出版されたものでしたから、
もう、そのお店はないかもしれないと思っていました。
でも、ちゃんとガイドブックの地図どおり、お店はあったのです。


そのお店に入った途端、わたしのところに女の人が駆け寄ってきて、
「すっごい日焼けしたね?すごく肌が黒いよ。ほんとに日本人?」と声をかけてきました。
失礼なことを言う人だなぁ・・・とわたしはむっとしていたのですが、
どうやらそのお店の人らしく、あれよあれよという間にテーブルに座らされ、
日替わりランチをオーダーすることになりました。


その失礼なことを言う女の人は台湾から来たそうで、そのカフェの経営者でもありました。
時々、手伝いに来てもらうことはあるけど、ほとんどひとりでお店をやっているそうです。
店内はわたしと彼女だけで、ランチをお給仕してくれた後、
なぜか彼女はわたしの向かい側に座って、ずっと話をしていました。
その話はとってもディープな話で、彼女と妻子ある男性との恋の話でした。


わたしは何故、彼女がこんな話をするのか分からず、でも、話を聞くことにしました。
その男性は彼女の店に通っている、同じく飲食店を経営する人で、
何度も彼女にモーションをかけてきたそうです。
でも、彼女はそんなモーションになびかなかったそうです。
「男の人はね、じらさなくちゃいけないの。最低3ヶ月はね」
つまり、かけひきというやつですね。
そして、何度目かのアタックのとき、彼女はその男性と付き合うことになったそうです。


その日も夜にデートをする予定らしく、彼女はいかに彼が素敵かを教えてくれました。
わたしは意地悪な質問だとは思いつつ、「でも、奥さんが居るんでしょう?」と聞きました。
彼女はひるむことなくこう言いました。
「そうよ。でも、わたし、男の人と半年以上、付き合う気ないの。」
「なんで?」
「だって、その人の思い出の中のいちばんがいいの。
だから、結婚していても、その人の恋人の中でわたしがいちばん素敵な人になれればいいの。
そのかわり、付き合っている間はすごく幸せな思い出を作るの。
わたしは、彼の今まで付き合った女性の中で、いちばんよ。
今までの人も、付き合った中でいちばん君が素敵な人だったと言ってくれたもの」


その日は良く晴れた日で、木を基調とした店内に明るい日の光が差していて、
その光が一生懸命話す彼女のうなじにあたり、彼女を照らしていました。
彼女はわたしよりずっとずっと年上だったけど、少女のように可憐でした。
でも、わたしは何故か彼女がとてもかわいそうに思えて仕方ありませんでした。
彼女が「いい」と言うならば、それが幸福なのだとは思うのだけど、
でも、わたしは好きな人の思い出の中のいちばんで居ることを、至上のことだとは思えなかったんです。


好きな人の思い出のいちばんで居るために、その人と一緒に居られないのと、
好きな人の思い出のいちばんにはなれなくても、その人と一緒に居られるなら、
わたしは多分後者をとってしまう思うんです。
思い出はいつも綺麗で、どうせ勝てるわけがないんだから・・・。
思い出のいちばんじゃなくても、好きって感情だけじゃなくても、
やっかいだとか、へんちくりんだとか、良く食う奴だとか、すぐ泣くとか、そういう風に思われつつ、
「まあ、こいつでいいか」とか「まあ、この人でいいわ」とか思われるほうが、
一緒に時間を重ねられるから、うれしいような気がするのだけれど。
それこそ、あんなこともこんなこともできると思うのだけれど(by cafelon)。


彼女は、彼の思い出になりたいと言うけれど、それがわたしを切なくさせました。
でも、好きな人の何になりたいかは、結局、人それぞれなのだと思うと、
わたしが彼女をかわいそうというのも傲慢なことなのだろうと思いました。
わたしだって、何になりたいかなんて、分からないままです。
もちろん、相手の思い出のいちばんで居られたら光栄だけど、
でも、自分が素敵だと思える思い出の方が、自分を生かすような気がするんです。
そして、半年なんて期限をつけないで、
一緒にいたいと思える人と、一緒に居ればいいのにな…と思ったんです。


それにしても、トーキョーって不思議なところですねぇ。
でも、面白いな・・・とも思ったのでした。


ただ、いくぶん残念なことは、わたしも相槌をうつので精一杯で、
ランチに何を食べたかまったく覚えていないことです。
確か、もの凄く辛いインゲンを食べたような気がします。
そして、それよりもなによりも、
彼女に男をじらして落とすというかけひきのコツを教えてもらったのにもかかわらず、
わたしは2X歳にもなっても実践できないままであることです・・・。