彼女の東京



今日新幹線のホームにあるベンチに座っていたら、
着物姿の高年の女性に声をかけられた。
「わたしの買った切符の電車、品川にはとまらないんです。
東京までとしか言わなかったから。」と彼女は嘆いていた。
その人は30年前目黒に住んでいて、
今日友人のお葬式に出席するために新幹線をまっているのだそうだ。


「東京と名古屋を行ったりきたりしています。
だって、大切なお友だちはみんな東京に住んでいるんですもの。
でも今年4人も友だちが亡くなってしまいました。
それにわたしも足がおぼつかなくなってきました。
だから、もう、東京へ行くのはこれが最後かもしれません」
彼女はそう言って、わたしは曖昧にうなずいた。
よく晴れた日の昼下がりに心地の良い風が吹いていて、
わたしは何を答えていいかわからず、きらきらひかるタイルを眺めていた。


彼女の言ったことは生きる苦しみに他ならない。
でも、友だちのことを思い出す彼女は穏やかで懐かしそうで、
美しい思い出は人に生きる力を与えるのだと知った。
ちょっと羨ましかった。
彼女の東京は、晩秋に見える黄金色の西日のように綺麗に輝いてる。
わたしの心に残せる東京が彼女みたいに美しかったらいいのに。